発達障がいを得手不得手の側面で考える

スクールソーシャルワーカーだより スクールソーシャルワーカーだより

2012年10月号

今回のテーマは、「発達障がいの子どもへの対応から、すべての子どもにとって分かりやすい授業や指示を考える」です。

誰でも得手不得手がある

前回、「発達障がいは、発達のバランスが悪いだけだ」ということを申し上げましたが、発達障がいだと診断されていない人でも、すべての人が、多かれ少なかれバランスに偏りが見られます。

発達障がいのお子さんの中には、先生が一斉指導の場で口頭で語った指示を、一度聞いただけではなかなか理解できないお子さんがいらっしゃいます。他に、読むことが苦手なお子さん、文字を鏡に映したように逆に書いてしまうお子さん、空間認知が苦手でよく人や物にぶつかってしまうお子さん、体を思い通りに動かすことが苦手なお子さんなど、それぞれがそれぞれに苦手なものを持っています。

しかし、発達障がいだと診断されていない人にも、それぞれ得意なことと不得意なことがあるのではないでしょうか。私にも、そして、あなたにも。

私の体験

年度初めのことです。今年度は我が家が地域の組長ということで、行政区の会議に出席しました。そして、会議の最後の時間、資料に書かれていない内容について話し合うことになりました。テーマは、「震災で壊れた区民会館の再建」です。

その際、区長さんや会計さんが口頭でいろいろと数字を挙げながら(しかも、早く会議を終わらせようとしてか、ものすごいスピードで)説明してくださるのですが、さっぱり数字が頭に入らず苦労しました。

今回の会議に限らず、私は読んで理解するのは得意ですが、聞いて理解するのは苦手です。耳で聞くよりも、目で見る方が得意のようです。とはいえ、文字以外の絵画的な情報を取り入れるのは苦手で、しっかり意識しないと人の顔も覚えられませんし、どこに何があったかを覚えられません(裁判の証人としてはあまり役に立たないようです)。そして、絵を描いたり工作をしたりするのも苦手です。

これを読んでおられるあなたにも、別に発達障がいだと言われたことはないとしても、やっぱり得手不得手があるのではないでしょうか。

不得手なことをカバーしてもらう

これも前回お話ししたように、発達障がいの問題は、発達のアンバランスそのものではありません。それが周りの人に理解されず、家でも学校でも会社でも地域でも批判ばかりされることで、自信を失ってしまう「二次障がい」です。

自信を失う原因は、周りからの批判だけではありません。自分自身でも、うまくいかないことが続いて切なくなり、それで自信とやる気を失うのです。

もしも、周りの大人たちや友だち、そして本人自身が、その人がバランスの悪さ故に苦労しているところをしっかりと理解し、それをカバーするような対応をするならどうでしょう。今よりもずっと成功体験を積み重ねることができ、自信とやる気を育てていくことができるようになるはずです。

区の会議で、さっぱり数字が頭に入らずに困った私は、手を挙げて会議を止めました。そして、数字を前の黒板に書き出してくれるようお願いすると、区長さんたちは快く応じてくれました。すると、たちどころに理解ができ、平安がやってきました。

不得手なことがあっても、適切にカバーしてもらえるなら、ちゃんとみんなについて行けるし、精神的にも安定していられるのです。

学校でも、一人一人のお子さんに、得手不得手があります。特に発達障がいを抱えているお子さんの場合には、そうでないお子さんに比べると、苦労の度合いがかなり大きくなります。ですから、学校では、それぞれ抱えている不得手なことを探って、(私が会議で数字を黒板に書くようにお願いしたように)不得手をカバーするような個別の対応をします。

それは、

  • 難しさを覚えている教科や活動について、校内の特別支援学級できめ細かい個別指導を受けることかもしれません。
  • 通常クラスで勉強しながら、一斉指導の他に、個別に声かけをしてもらったり、イラストなどを使って改めて指示してもらったりすることかもしれません。
  • 抽象的な表現ではなく、具体的な表現で指示をしてもらうことかもしれません。
  • 指示を小分けにすることかもしれません。すなわち「~して、次に~して、それから~しましょう」という指示の仕方ではなく、「~しましょう」と単体の指示をし、できていることを確認してから次の指示を出すようにするということです。
  • 特別支援学校に転校することかもしれません。

発達障がいのお子さんが学校やクラスにいる幸せ

そして、発達障がいのお子さんが学校やクラスにいることは、診断名はついていない他のすべてのお子さんたちや保護者の皆さんにとっても良いことです。

第一に、発達障がいのお子さんにとって分かりやすい授業、分かりやすい指示というのは、すべてのお子さんたちにとっても分かりやすいものだからです。

第二に、小さいときからいろいろな個性を持った仲間たちと一緒に過ごすことにより、多様性社会に適応した存在に成長できるということです。異質な者を引き下ろし、叩きつぶすような社会ではなく、「みんな違って、みんないい」という、お互いがお互いを尊重できる真に平等な社会、それぞれの不得手な部分を支え合い、助け合える優しい社会を作り上げる存在に、子どもたちが成長していけるのです。

そういうふうに成長した子どもたちならば、私たちが年を取ったときにも、きっと邪魔者扱いせず大切にしてくれるはずですよ。

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