【教える技術2】素人でもコーチになれる?

スクールソーシャルワーカーだより スクールソーシャルワーカーだより

2015年5月号

前回と引き続き「教える技術」についてお話しします。今回は、その分野に詳しくない人でもコーチとして指導ができるのかというテーマです。

Aさんは中学校の先生です。4月に新しい学校に赴任したところ、これまで自分がまったくやったことがない運動部の顧問になってしまったのだそうです。自分にはその分野の専門知識や経験がないので、うまく子どもたちを指導する自信がないとA先生はおっしゃいます。

オーケストラを指導したテニスコーチ

テニスの指導者としての経験から、「インナーゲーム」と呼ばれるコーチング理論を確立したW・ティモシー・ガルウェイ氏は、あるときオーケストラからコーチングを依頼されました。ガルウェイ氏は音楽に関して全くのド素人ですが、快くその依頼を引き受けます。

最初に登場したのは、チューバという巨大なラッパの演奏者でした。ガルウェイ氏が「あなたが一番難しいと感じていることは何ですか?」と尋ねると、「高音部のアーティキュレーションです」という答え。

さっそく、チューバ奏者本人が難しいと感じている部分を演奏してもらいました。ところが、ガルウェイ氏は、アーティキュレーションが何を意味するか全然知りませんでしたし、その演奏がうまくいったかどうかさえ判断できませんでした。そこで、「演奏してみて、どんなことに気づきましたか?」と尋ねました。すると、チューバ奏者は「うまくいきませんでした」と答えました。

ガルウェイ氏が「どうして、うまくいかなかったことが分かるのですか?」と尋ねると、「チューバは大きくて、音の出口が耳から離れているため、実際に音を聴いて確かめることができません。そこで、私は舌でうまく演奏できたかどうかを判断しているのです」とチューバ奏者は答えます。

さらに「うまく演奏できない時は、舌がどうなるのですか?」と尋ねると、「舌が乾いて、分厚くなったように感じます」という答えが返ってきました。

すると、ガルウェイ氏は、もう一度同じ箇所を演奏するよう指示します。そして、その際このように伝えました。「今度は、きれいにアーティキュレーションをしようなどと努力するのはやめましょう。その代わり、舌の湿り具合がどう変化するかにだけ注意してください」。

2回目の演奏が終わると、オーケストラのメンバーは全員スタンディングオベーションをしました。チューバ奏者も晴れ晴れとした表情で、「今度は演奏していた間ずっと舌が湿ったままで、一度も分厚く感じることはありませんでした」と言い、感謝の言葉を述べました。ガルウェイ氏には、1回目と2回目の演奏の違いがさっぱり分からなかったそうですが。

大切なのは、何を教えるか

前回申し上げたように、望ましい結果というのは、望ましい行動の集大成です。ですから、子どもや部下が望ましい結果を得るためには、望ましい行動を一つ一つ身につけてもらう必要があります。

その点について、ガルウェイ氏のエピソードには、いくつも学ぶべきポイントがあります。

  • 望ましい行動を指導する際には、あれもこれもいっぺんに意識させるのではなく、ポイントを絞って意識させるということ
  • その意識させるポイントが明確であること
  • そのポイントは、最終的に明確になりさえすれば、指導者が最初から知っていなかったとしても問題ないということ

もちろん、教える分野について経験があるに越したことはないでしょう。しかし、たとえ経験者でも、「どうしたらうまくいくのか」という理由を自分で理解し、うまくいくためのポイントとなる行動を明確に伝えられなければ、上手な指導をすることはできません。

ガルウェイ氏のようにその分野の素人であっても、相手に質問することによって(あるいは良い結果を出している人の行動を観察することによって)、今意識させるべきポイントを明確にしてそれを分かりやすく伝えることができれば、指導上はまったく問題ないのですね。

ですから、A先生。あなたもきっとすばらしい指導者になれますよ。これをお読みの保護者の皆さんや先生方も。

バックナンバー一覧へ   トップページへ

コメント コメントありがとうございます!

タイトルとURLをコピーしました