【魅力バイアス】見た目も大事?

スクールソーシャルワーカーだより スクールソーシャルワーカーだより

2014年5月号

人は外見だけで価値を計ることはできません。中身が大事、それは真実です。しかし、見た目も案外大事。今回はそんなちょっぴりショッキングな(?)お話です。

魅力バイアス

心理学で「魅力バイアス」と呼ばれる効果があります。バイアスとは「判断に偏りを生じさせるもの」という意味で、魅力バイアスとは「外見的な魅力が人の判断に与える影響」のことです。

カナダのセントメリーズ大学で、魅力バイアスに関する実験が行なわれました。172名の学生に、強盗犯に関する裁判資料を読んでもらい、裁判官になったつもりで有罪か無罪かを判定させるというものです。

ただし、被疑者の写真には加工が施され、半数の写真は穏やかな優しい表情、残りの半数は凶悪そうな表情の写真にしました。その結果、穏やか写真の被疑者を「有罪」と判定した学生が51.9%だったのに対し、凶悪写真の被疑者を「有罪」としたのは77.1%となり、明らかな差が見られました。他の資料は全く同じですから、写真うつりが評決に影響を与えたということです。

レッテル貼りの恐怖

私たちが他の人の性格などを判断する場合、まずは外見や声から入ります。もちろん、その第一印象は間違っている可能性もあります。ぶっきらぼうで怖そうだと思っていたけれど、仲良くなってみると非常に誠実で友だち思いの人だということもよくあります(もちろん、その逆のケースも)。

ただ、自分の最初の判断は間違っている可能性が高いということをよくわきまえていないと、簡単に「この人はこういう人に違いない」と思い込んで、そういうレッテルを貼ってしまいます。

そして、いったんレッテルが貼られてしまうと、今度は「この人はこういう人だ」というフィルターを通してその人を見るようになりますから、そのレッテル通りの情報しか入ってこなくなります。一度「この人は不誠実だ」と思い込むと、誠実な行動をしていてもあまり意識しないし、意識したとしても「自分を良く見せようと思って」などと斜めに見てしまったりするということです。

私たちは、人を外見や第一印象だけで判断したり、少ない証拠で簡単にレッテルを貼ったりしないよう心がけなければなりません。

外見も気にする必要がある

と同時に、「自分が人からどう見られているか」ということにも気を配る必要があります。魅力バイアスが自分に不利に働かないようにするためです。

「でも、私はイケメンでも美人でも細マッチョでもモデル体型でもないからダメだ」という謙遜な方もご心配なく。

私が子どもの頃、選挙ポスターといえば証明写真のような真面目な表情の写真がほとんどでしたが、いつの頃からか、にっこり微笑んで、ガッツポーズをしたり、握手をするように手を差し出したりと、穏やかさ、明るさ、元気さ、親しみやすさなどを前面に押し出した写真が使われるようになりました。これは魅力バイアスを利用したイメージ戦略です。

穏やかな笑顔、しゃんとした姿勢、清潔な身だしなみ、威圧感や拒否感を与えないような服装や髪型、適切な敬語や言葉遣いなど、努力や工夫次第で好印象を人に与えることはいくらでも可能です。

大切な子どもたちにも、内面を磨くのと同じように外見を磨くことも指導する必要があります。

学校で、服装や髪型、姿勢やあいさつ、言葉遣いなどについて、時に厳しいくらいに指導しているのも、社会で魅力バイアスを上手に生かす術を身につけるためです。一部の子どもたちはうるさく感じているかもしれませんが、そういう場合にはこの魅力バイアスの話をして差し上げてください。

でも、やっぱり最後は中身

ただし、どんなに第一印象が良くても、中身がそれに伴っていなければいつかメッキがはがれてしまいます。そして、その場合の落胆や幻滅は非常に大きく、回復が難しくなるほどです。

たとえば、

  1. 「誠実な優しい人に見えたのに、こんなに自己チューでいやな奴だったのか」というプラスからマイナスのギャップを感じさせてしまった。こうしてすっかり信用を失ってしまってから、再び信用を回復する労力。
  2. 第一印象で「この人、チャラくて不誠実そうだ」というレッテルを貼られて敬遠されていた。しかし、それを覆して「本当は友だち思いの誠実な人じゃないか」という好評価を勝ち取る労力。

これらを比較すると、前者の方がはるかに大変です。

ですから、外見磨きも大切。そして、内面磨きも大切。子どもたちにその両面での成長を期待し、人生の先輩として指導や援助をしていきたいものですね。そして、そのためには、私たち自身が内外両面で日々成長していかなければなりません。

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