2012年7月号
今回も前回に引き続き、ウィリアム・グラッサーが提唱した「5つの欲求」活用のヒントをお話しします。今回は4つ目と5つ目の欲求、力の欲求と所属の欲求についてです。
力の欲求
第4の基本的欲求は、「力の欲求」です。これは、人から認められたい、人の役に立ちたい、何かを成し遂げたい、すなわち自分には力があると実感したいという欲求です。
この欲求を満足させるには、様々な成功体験をすることが大切です。大成功でなくてもかまいません。自分で考えて実行したことがうまくいったとか、自分のやったことで誰かに感謝されたとか、そういうことの繰り返しが、「自分には力がある」という自尊感情を育てます。
よく「子どもや部下はほめて育てましょう」と言われますが、そうされることによって、相手は自分の力を信じられるようになり、力の欲求を満たすことができるからです。
ただし、ほめると言っても、上から評価するような態度で、「君もなかなか良くやっておるなあ」というような態度でほめるのは、かえって見下ろされているような感じがして、あまり力の欲求を満足させられない場合があります。
こちらが目線を下げること、すなわち、ほめるというよりも「あなたには、こういうすばらしいところがあるんだね。すごいなあ」と感動したり、「助けてくれてありがとう」と感謝したりすること、あるいは「やれ」と頭ごなしに指示したり命令したりするのではなく、「私を助けてください」とお願いするとき、相手は自分に力があることを実感できます。
力の欲求を尊重した対応例
これは以前にも紹介した話です。朝、お母さんが洗濯物を干している時、年長さんのお嬢さんが、自発的に朝食の皿洗いをしてくれました。しかし、お母さんが台所に帰ってみると、お茶碗にまだご飯のかすがこびりついていたり、その辺がびしょびしょになっていたりしたのです。
こんな時、力の欲求を満足させるのが下手なお母さんでしたら、
誰が皿洗いしろって頼んだのよ。全くよけいなことして!
と、ぶつぶつ言いながら、お茶碗を洗い直したり、その辺を拭いたりすることでしょう。しかし、このお母さんは違いました。
お手伝いしてくれたんだね。ありがとう。助かるなあ。
そして、お子さんを幼稚園に送り出してから、お子さんのいないところで茶碗を洗い直し、床を拭いたのでした。
それから、日を改めて、今度はお子さんと二人で皿洗いをしながら、どうやったらご飯かすをきれいに取り除けるか、また、水が飛び散らないための水の量とか、床が濡れたらすぐにぞうきんで拭くというようなことを指導しました。もちろん、前に失敗したということについては一切触れないで。
このお子さんは、お母さんや困っている友だちのお手伝いが大好きな子になりました。人を助けて感謝されることの気持ちよさを体験したからです。
所属の欲求
5つの基本的な欲求の第5は、「所属の欲求」です。安心できる人間関係を有していたい、自分は人とつながっているという感覚を実感したいという欲求で、愛し愛されたいという欲求はこれに含まれます。
アルコール依存症の治療は大変難しく、入院して一時的にお酒が切れても、また飲むようになってしまう患者さんがたくさんいらっしゃいます。しかし、AA(アルコホーリック・アノニマス)とか断酒会とかの自助グループに所属して、自分と同じようにお酒で苦労している人たちの前で、一切批判されないで、自分とお酒についての体験談を話していくとき、その日一日飲まないですむ力が与えられると言います。グループへの所属感が、患者さんに力を与えるのでしょう。
家庭や学校が、子どもたちにとって「ここは僕がいていい場所だ」「ここは私がいることを喜ばれているグループだ」と感じられるような場になるための工夫をしてみましょう。
Sさんのケース
Sさん夫妻には、最近反抗期を迎えた息子さんがいらっしゃいます。これを自立して、なおかつ親密な親子関係を築くきっかけにしたいとお考えになりました。そこで、5つの欲求をできるだけ満たすような関わりをしようと計画なさいました。
ある晩、夕食後に、Sさん夫妻と下のお嬢さんとで、息子さんをボードゲームに誘いました(楽しみと所属の欲求)。その際、参加を強制するようなことをせず(自由の欲求)、「メンバーが足りなくておもしろくないから、助けて欲しい」とお願いをしてみました(力の欲求)。最初は、いやそうに参加していた息子さんでしたが、次第にゲームに熱中し始め、学校でのことを楽しそうにしゃべってくれるようになりました。
一度に5つの欲求を満たす必要はありません。しかし、少しでも相手の基本的欲求を満たすように工夫してみましょう。もちろん、自分の欲求も大切になさってください。
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